自分で心を手当てする方法 ガイ・ウィンチ 第5章 悩みが頭から離れないとき ―とらわれ、抑うつ的反芻

2017年5月1日(月)

○自分で心を手当てする方法 ガイ・ウィンチ かんき出版 1500+税

第5章 悩みが頭から離れないとき
―とらわれ、抑うつ的反芻

p201~
手当てA 視点を変える
抜粋引用(kurage0147130の編集した引用):p202:

他者視点
起こったことを誰か他人の目で見て、そこにいる自分を客観的に観察するやり方

同じシーンを繰り返す代わりに、その経験を解釈し直し、気持ちの整理をつけることができたのです。

他者視点の回想

(p203)
他者視点が身につくエクササイズ


(kurage0147130):

カメラの位置、視点を自分から引いていき、相手と自分が一緒に収まる遠くからの視点に固定する。リプレイ。嫌なできことが自分の中で繰り返されたら、このズームアウトの視点で見るようにする。この他者視点で嫌なことを乗り切る。
ぼくの場合だと、nuno-zoriの達人と隣の男が喋っているところに固定して近くで見ているのを、僕も、もう一人のnuno-zoriの人も一緒にカメラに入れ、カメラを後ろに引いていき、全部視界に入れる。他人カメラの視点でこれらの間で交わされることを眺める。自分を巻き込まず、他者のテレビカメラの遠いところの視点で見る。


p205~
抜粋引用(kurage0147130の編集した引用):p205~:

手当てB 嫌な考えから目をそらす

シロクマのことを考えないでください
「考えてはいけない」と考えることが一種のリバウンド効果を引き起こす
(p206)
気をそらす
考えない努力をするのではなく、別のことを考える
別のことに集中する


kurage0147130:
「今回Bは使えなさそう。話し声に耳が行ってしまう。聞いてしまう。

p208~
抜粋引用(kurage0147130の編集した引用):p205~:

手当てC 怒りをリフレーミングする
(p209)

怒りをぶつけるのではなく無害化する

リフレーミング
ものの見方を変えて、腹立たしいできごとを無害なできごとに変えてしまうのです。

(p210)
マイケル・フェルプス
ライバルに悪口を言われたとき、
「この悪口が自分を強くしてくれる」
嫌なライバルのおかげで練習にも熱が入るし、本番でもいっそう集中できる

(p212)
リフレーミングのエクササイズ
1 悪気がなかったと考える
(p213)
2 ピンチをチャンスと考える
3 何が学べるかに注目する
4 相手の弱さに気づく
 怒りをやわらげるための「祈り」の力が実証されています。相手のため
(p213)
に祈ることができたとき、怒りは軽減し、よりポジティブな気持ちになれる


kurage0147130:

この祈るの使えそうな気がする。最もいいかもしれない。今日は怒っていたのだと思う。最後に着物を引っ張って、変なふうにしたし。祈るのは建設的だし、僕は好きな方法だ。
何を学ぶか? 遠くからのカメラでこの出来事を眺め、相手のために祈る。この2本立てで何とかならないか? ここはピンチだし、チャンスに変えられるはず。本にあるように。大事なポイントだ。

実際に祈ってうまく行きそうもない。


 マイケル・フェルプスの、この無視が僕を強くしてくれる、というのは使えそう。僕は無視される存在で、無視で無き者にしようと2人は画策している。そのおかげで、ぼくは試練に立ち、無視という闘いの場をもてる。2人は僕を強くしてくれる仲間だ。2人のおかげで僕は強くなれる。無視すればするほど、2人が2人だけの話に夢中になればなるほど、僕は仕事に集中できる。僕を迫害すればするほど、僕は大事な機会を与えてもらっている。大舞台に立てるのだ。この大舞台でがんばらないでどうする。立派に舞台を務めよう。2人だけで、僕はいないという見方ではなく、僕も入れて3人の舞台で、彼らは無視する役。僕は迫害を受ける役。同じ舞台に立つ。3人の役者。僕がいないかのように振る舞う2人だけれど、僕を無視する。この無視する側と、迫害を受ける側。この舞台から降りなければならない。僕も彼らと同じ役者で、同じ舞台を務めている。違う解釈はないか?

 図書館員と僕との関係も同じだ。父と僕の関係も。同じ根っこを持っている。僕はまだこの関係性を乗り越えたことはない。これは大事なチャンスだ。大きな機会をもらっている。無視する側と迫害を受ける側。この対立するように見える2人の役者。同じ舞台上にいる。セットも同じ。遠くからこの2人を眺める。いがみ合っている、対立するように見えるけれど、2人の役者、立場は違えど、同じ演劇を演じている。同じストーリを紡いでいる。反芻してみる、遠くから。どこへ向かおうとしているのか。手芸道を一緒にやっている仲間だ。対立するように見えて、同じ手芸という舞台をやっている。糸口はないか?



 悪意を読み込んでいて、不快に感じる。無視という悪意があるように感じている。敵に見える。相手が敵に見える。迫害者だ。憎き相手。負けてたまるか。負けてきた。一段低い舞台。同じ舞台にいない。一段低い舞台上で演じる僕。

田中将大をテレビでやっている。プロフェッショナル、NHK。
将来を見据えて、田中は駒大を選んだそうだ。甲子園は二の次。自分が一番成長するための場所として駒大苫小牧を選んだ。


 僕達は手芸道をやっている。この同じ舞台の役者。目的は手芸の道を究め、貢献すること。社会貢献だ。いいものを作って貢献する。ここが見えていなかった。迫害する者、されるもの。狭い。閉じた世界。開かれた場所は、手芸をすることで社会貢献すること、良い商品を作る。僕達はそのために通っている。そこを見落としている。大義名分、大目標。ここはすべての基本で目指すところ、日常の土台となる所。


 この大義がどのくらい使えるかわからない。よくわからないまま終わる。

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