○自分で心を手当てする方法 ガイ・ウィンチ (簡易・目次) + 個人的感想(昨日からの続き)

2017年4月25日(火)
○自分で心を手当てする方法 ガイ・ウィンチ かんき出版 1500+税

簡単な目次:

第1章 自分を受け入れてもらえなかったとき
―失恋、いじめ、拒絶体験

第2章 誰ともつながっていないと感じるとき
―孤独

第3章 大切なものを失ったとき
―喪失、トラウマ

第4章 自分が許せなくなったとき
―罪悪感

第5章 悩みが頭から離れないとき
―とらわれ、抑うつ的反芻

第6章 なにもうまくいかないとき
―失敗、挫折

第7章 自分が嫌いになってしまったとき
―自信のなさ、自己肯定感の低下




☆感想(kurage0147130)
:昨日の続き+α(あるふぁ)  β(こっちはベータ)

 昨日は被害者面して適当なことを書きましたが、ちょっと修正。


○がんのセルフ・コントロール カール・サイモントン 創元社 1982(所有するのは2011)


 この本の第十章 病気による「利得」 というのがあった。これもおもしろかった。

 これの考え方を当てはめたら、僕は父母の子どもという甘えた役割に甘んじることで利益がある。いつまでも子供という役割の中でぬくぬくとできる。自分の問題と取り組まない。甘えた考えと役割と楽さに甘んじて利益を貪(むさぼ)ってきた。僕は、蜂に寄生してその身体を乗っ取り大きくなる幼虫のような気持の悪さのある奴とも言える。



 また、今日作業所で、nuno-zoriの達人とボスに冷たくされていたが、それへの対処がある。彼らは冷たい。冷淡だ。僕はつらい。寂しい、空(むな)しい。


 しかし、他者の行動は他者が決め、考え、感じること。僕が手出しはできない。他者の気持ちを変えようとは思わない。昨日のつけ狙い車に敵意を向けたのは、明らかに誤りで僕の敗北だった。

 他者の敵意、無視、冷たさ、拒絶、否定にどう対処するか。これは僕の今の課題で山(やま)だ。山は登って越えなければならない。そして難しい。

 彼らを変えることはできない。これは絶対だ。しかし、自分の陣地は変えられる。自分の感じ方、行動、考え、対処は変えて自由にできる。否定されて笑顔を作って微笑むという対処も可能だ。(今の僕にはできない、ひきつりそう)

 僕は冷たくされて落ち込み、寂しく思い、つらく感じる。最悪だ。受けることではなく、僕の対処が最悪だ。僕は自分の場所が不毛なのでつらく感じている。でも、自分の場所が豊かなら冷たくされても相手に返せばいいだけだ。相手が冷たいのを自分に引き受けて、自分の側に問題があるから冷たいと全部自分に原因を持ってきてしまっている。

 相手の冷たさは相手に返すのが筋だ。僕とは無関係だ。相手が冷たくしたいからやっている。相手が冷たい心を使用しているに過ぎない、と思う。まわりの僕に対する態度を全部引き受けて自分の側に原因を見る、自分を見るやり方(村上龍の言うところのバカ・僕のこと)は捨てた方がいい。前も同じことを書いたと思うが、正念場なのでまた書いている。まわりの僕に対する態度、反応、行動は、すべて相手に返すべきだ。

僕はどう感じ、どう考え、どう行動するか、これだけ集中すればいい。僕は他者の持ち分と自分の持ち分を混同している。と、落としどころを見込んで書いている。


 父は僕を否定し、僕を冷たく扱ってきた。僕がどうこうではなく、父に全部返すべきだ。父は冷たく、心が歪(いびつ)で、僕を愛する心がない人だ。全部父に返してしまえ。

 母は僕のレールを敷いてしまった。全部母に返してしまえ。載る必要はない。全部、父母の口に押し込んで食ってもらえばいい。人に食わすな、自分で食え、旨(うま)いか?

 僕は取らなくてもいい責任を背負い込んで、苦しがっている、マゾヒストだっただけの話だ。と、思う。問題の分離と、責任の返すこと。
 



 ボスやnuno-zoriのひとたちが冷たいのは、冷たくしたいこころが相手にあるからだ。全部返して食ってもらえばいい。僕が背負い込むからおかしなことになるだけだ。そして、自分の場所をどうやって耕して、芽を出させて、育てるか大きくさせるか、だけを考えればいい。そうだろ?


 この辺は、カウンセリングの先生と歩ませてもらったやり方を踏襲しているだけです。EMDRの時に、先生にさんざんやって頂きました。教えてもらいました。それを利用しています。

レッドホットチリペッパーズのカリフォルニケイション、少しだけ凄さがわかってきた。個としての力が強そうだ。音がシンプルなのでクッキリしている。

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