ACT(アクト)をはじめる 脱フュージョンの技法の例(いろいろ書いたよ) 

2017年1月18日(水)

ACT(アクト)をはじめる―セルフヘルプのためのワークブック、スティーブン・C・ヘイズ、スペンサー・スミス、星和書店、2010

第6章 マインドと<あなた>(中編)
 買ってはいけない

p136/137/138
脱フュージョンの技法の例

引用:p137:

・考えは原因ではない
 思考が行動を阻むように思えるなら、あなた自身に「その思考を『それは単なる思考にすぎない』として考え、その状態で○○(阻まれたこと)をすることができるだろうか?」と問いかけてください。そして、その思考について考えながら、阻まれていたことを行って、実際にできるかどうか試してください。


(kurage0147130):
 僕が心が美しい女性と言っている人に、僕は今課題があり、そしてその人の姉をきちんと扱えない、対応できない、軽んじているから、こころ女性に話しかけられないと思っている。

 僕にとって女性はモノか何かで手に入れるものらしい。商品なのかもしれない。この姉妹を考えても、僕は人間として何か足りないと思う。それも含めて二の足を踏ませる。それはそれでいい。確かに時期ではない。でも話しかける選択もある。

 姉を軽んじる僕の心はどうなっているのか(ぱ)?

 妹だけ欲しいという、商品の気がする。人間存在は見えていない。僕には人間はいない。
 それと、こころが美しいというのも、僕の自己中心的なものを感じる。自分の都合よく見ようとしている。





引用:p137:

・バスに乗ったモンスター
 あなたが恐れている内的な出来事を、あなたが運転するバスに乗ったモンスターのように扱いましょう。モンスターの言うことに従ったり、モンスターを降ろそうとしたりするのでなく、ただ運転し続けることができるか検討してみましょう。

・人生は誰のもの?
 思考をいじめっ子だと思って、あなたのことばで尋ねてみましょう。「この人生は、いったい誰のもの?」「あなた、それとも、あなたのマインド?」




(kurage0147130):
・この姉妹にどう接するかは僕のモンスター。課題になっている。葛藤を含めたまま行けるか?

・僕の思考はいじめっ子になっている。僕は親の思考が自分の中に居座り、その思考の奴隷になっている。僕の人生は、親の思考のものだ。たんなる奴隷。僕の人生は誰のもの? という問いはすごく大事だ。それによって掘り起こされる欲求を叶えさせたらどうだ。僕は自分の中の親にやりたいようにかき回されている。


 僕の人生が自分のためのものなら、何を優先させたらいい? これ大事な声だ。この声を常に鳴らせられたらなあ。






引用:p137:

・どのくらい続いていますか?
 まるであなたのようですか? 自分の思考を信じるとき、少し立ち戻って、次のように自分に問いかけましょう。「このパターンをどのくらい繰り返してきただろうか?」「まるで、私自身のよう?」

・そうすると、どうなるのですか?
 自分の考えを「買う」とき、少し立ち戻って、次のように自分に問いかけましょう。「この考えを『買って』どうしたいの?」。もし、それがあなたのためにならないなら、考えを「買う」ことはやめましょう。


(kurage0147130):
 僕はダメだというのが基本にある気がする。自分の中にある否定。交通機関では、これがあるから他者は僕を否定し乗っかってくる。でも、他者が否定するから僕はダメなのではなくて、僕の中の否定だという基本は押えてある。

 次の一歩は、このパターンはずっと続いてきた。信じていない。どんなに他者が否定しようと。僕はダメだというのを信じていない。ただあるから、付きあっているだけだ。

この考えを「買う」のはやめたい。いらない。でも、僕の中にあるから、付きあいをすぐには止められない。でも、買う必要はない。他者がどんなに言い張ろうと、僕は買わない。買いたくない。いらない。




引用:p137:

・「でも」をやめる
 自分について言及するときに使う「でも」を、「そして」に置き換えましょう。



(kurage0147130):
 若い女性が欲しい。でも心の女性がいる。若い女性が欲しい、そして心美人と呼ぶ女性がいる。
 まあ、50爺に若い女は振りかえらんよ。バカにしているようだから。たぶん鼻が高いんだろうなあ。若いからね。自分を過信しているだろう、人生を生きていないし。叶えたい思いで溢れているだろうしさ。*






引用:p137:

・どうして、どうして?
 「理由」にとらわれている自分に気づいたら、「なぜ、そうなるのか」を答えるのが難しくなるまで繰り返し問いかけましょう。これは、マインドのおしゃべりが「本当はどれだけ浅いものか」また「体験の回避がどのように『~がない苦痛』を作り出すのか」を知るのに役立ちます。
 たとえば、自分のマインドが「私にはできない」と言ったら、「どうして?」と問いかけましょう。「不安だから」と答えたなら、さらに「なぜ<不安>だと<できない>になるの?」と問いましょう。数回繰り返せば、「うーん、えっと、わかりません」となるでしょう。



(kurage0147130):

 僕はダメだ。どうして? だって、なにもできないじゃない。どうして? 僕は、作業所に通い、木の枝を切り、カレーを作ったよ。ダメ人間じゃないじゃない。できることがたくさんあるよ。読書もできるし、ブログも書いているよ。カウンセリングや織り教室にも通っているよ。できること、やることあるよ。


どうして? って君に問うよ。なぜ君はダメ人間なんて言うの? そのくくりだと楽だからでしょ。うなだれて、縮こまって、萎縮していればいいのだから。僕はダメ人間ではない。抱えていることがいろいろあるよ。動かしていることがいろいろあるよ。こうやって改善しようと取り組んでるじゃない。ダメ人間なんて、単一の問いで括(くく)れるほど僕は薄っぺらくないよ。もっと、深い部分もあるじゃない。誰でも重層的だよ。物事簡単に言い切れるわけないじゃん。


その言い方が紋切り型で、決めつけたい気持ちが見え見えだよ。ダメ人間、そんなしゃくし定規で掬(すく)い上げられるわけないさ。


ダメ人間以外の見方を身につけたらどうだい。他の括りをたくさん見つけようよ。もっと僕を呼ぶのにいい呼び方がたくさんあるはずだよ。ストリップ爺婆。(ストリップジッパー)

 

この記事へのコメント


この記事へのトラックバック